
施釉陶器
(高24.3 口径17.6 高台径15.2)
江戸時代 17世紀
作者の楽道入は、楽焼の陶家である楽家の三代目で、「のんこう」ともよばれた。
記録によると仁阿弥道八の息子(後の三代高橋道八)の所へこの水指を見せてやりに
もっていったところ、しばらく貸してほしいというので置いてきたという。

染付磁器
(高6.9 口径36.0 高台径22.1)
明~清時代 17世紀
古染付とは、明時代末期の天啓・崇禎年間(1621~1644)頃に、
中国江西省の景徳鎮民窯で焼かれた磁器を指す日本での呼び名。
口縁部に彩薬の細かい剥が目立つことが特徴である。

施釉陶器
(高30.0 長さ31.9)
江戸時代 18世紀~19世紀
印・銘は確認できないが、江戸時代後期の京焼きの名工・奥田頴川(1753~1811)の
作と伝えられる大作の香炉である。
頴川は、明末清初の内乱をのがれて、日本へ渡来した中国人の後裔と伝えられる人物で、職業陶工ではなかったが、三彩(交趾釉)や赤絵・古染付写しなど中国風のやきものの制作に腕を揮った。

仁阿弥道八作 谷文晁ほか画 一基 施釉陶器
(高15.8 口径20.6×20.6 底径20.4×20.5)
江戸時代 19世紀
手焙にしてはいささか小ぶりであるから、あるいは火入りとして作られたものかもしれない。
この作品は仁阿弥道八が江戸の絵師・谷文晁一族とも交友関係にあったことを示している。




三代 高橋道八作 江戸~明治時代(19世紀)
総高二十・八
胴径二六・二
高台径十三・八
吉野の桜を雲に、龍田川の紅葉を錦になぞらえることから、雲錦手と呼ばれる
意匠の作品である。
仁阿弥道八は好んでこの意匠を製作した。